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大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)260号 判決

主文

被控訴人らは控訴人に対し、各自金二〇一万円およびこれに対する昭和三八年四月一八日から完済まで年六分の金員を支払え。

当審における訴訟費用のうち新訴に関して生じたものは被控訴人らの負担とする。

この判決は控訴人において金五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一項同旨および訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴人の請求を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は、次に記載する外原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一、控訴人の陳述

(一)  一次的請求たる譲受再遡求権に基づく請求および二次的請求たる利得償還請求はこれを取り下げる。

(二)  控訴人は、訴外前田善三郎が被控訴人らに対して有していた手形金債権を、訴外久次米定一郎を経て裏書譲渡を受けたものであつて、本訴においては右手形金を請求するものである。すなわち訴外前田は被控訴人らに対して有していた金二〇一万円の貸金債権について、昭和三二年七月前記久次米に保証させ、その保証の方法として久次米が被控訴人らと協議合意の上本件手形の受取人となり、前田にこれを裏書したのである(隠れたる保証)。したがつて前田は保証人である久次米に対し、保証債務の履行を請求することができたものといわなければならない。そこで保証人である久次米は前田に対し昭和三四年三月二日頃自己所有の本件土地建物を提供し、主たる債務者であり本件各手形の振出人である被控訴人らに代つて右債務を弁済し、求償権を取得した。そして法定代位により、前田が被控訴人らに対して有していた前記金銭債権およびその履行のための本件手形上の権利は、ともに当然久次米に移転したものである。控訴人は久次米の右求償権を前提として、同人から本件各手形を裏書によつて取得したのであるから、右求償権の範囲内において被控訴人らに対し、本件各手形上の権利を行使し得るのである。そして昭和三八年四月一八日本件手形の振出日が補充されたことにより、それ以後被控訴人らは履行遅滞となつたものであるから、被控訴人らは控訴人に対し各自右手形金と遅滞の日から完済まで商事法定利率による損害金の支払いを求める。

(三)  本件各手形を久次米が前田から取得し、控訴人が久次米から譲渡を受けたことが、通謀虚偽表示であるという点は争う。

二、被控訴人の陳述

(一)  一次的および二次的請求の取下げに同意する。

(二)  訴外前田善三郎が被控訴人らに対し金二〇一万円の金銭債権を有していたこと、昭和三二年七月頃久次米に右債務を保証させ、その保証の方法として久次米が被控訴人らと協議合意の上本件各手形の受取人となり、前田にこれを裏書したことはいずれも否認する。

本件各手形は久次米の被控訴会社に対する出資金の調達のため、被控訴会社が振出した融通手形の書替手形であつて、被控訴人らと久次米との間では久次米が支払いをすべき義務を負つていた。したがつて久次米が前田に対し決済をした段階において本件各手形の原因関係は最終的に落着しているのであり、訴外久次米が被控訴人らに対して、求償権を取得することもなく、手形上の権利を取得する筈もない。

仮に久次米が本件各手形上の権利を取得したとしても、同人は前田の第三者としての地位を承継し得るものでなく、被控訴人らの前述抗弁を対抗されるものであり、期限後裏書又は指名債権譲渡の方法による債権譲渡を受けた控訴人としても同様である。

(三)  控訴人は、久次米が昭和三四年三月二日本件土地建物の所有権を前田に移転して、同人から本件各手形を取得し、久次米から控訴人が右手形金債権を譲り受けたと主張するが、右所有権移転登記は前田の久次米に対する債権を担保するためにされたものである。このことは、その後である昭和三四年一〇月に、前田から久次米に対し申し立てた京都簡易裁判所同年(イ)第七九一号事件の即決和解申立書によつても明らかである。すなわち前田は、右移転登記後もなお本件各手形を所持していたものであり、たゞ久次米に対する前記債権を担保するため、右不動産の所有権移転登記を経ていたにすぎない。そうすると久次米が右登記と引換えに、前田から本件約束手形を取得したこと、久次米が右手形を控訴人に譲渡したことは、いずれも各当事者間の通謀虚偽表示であり、又は三者の通謀による虚偽表示であつて無効である。

三、証拠関係(省略)

理由

一、被控訴人らが共同で、(1)金額一〇〇万円、満期昭和三三年五月二五日、支払地大阪市、支払場所三和銀行十三支店、振出地西宮市、振出日白地、受取人訴外久次米定一郎、(2)金額五〇万円、その他の記載は(1)と同じ、(3)金額五一万円、その他の記載は(1)と同じ、の計三通の約束手形を振出したこと、控訴人が現に右各手形を所持していること、控訴人が昭和三八年四月一八日右手形の振出日を昭和三三年四月二五日と補充したこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。そして甲第一ないし三号証によると、本件各手形には第一裏書人として久次米定一郎と表示されており、右裏書の被裏書人は白地であつてそれ以後の裏書は抹消されているから、控訴人は裏書の連続によりその権利を証明したものとして、適法の所持人とみなされる。

二、被控訴人らは、本件各手形は昭和三八年四月一八日その白地部分が補充されるまでは未完成手形であつたから、その権利の行使はあり得ず、したがつて手形上の権利は満期後三年の時効完成により消滅したと主張する。しかしながら控訴人が昭和三六年五月一〇日本件約束手形金請求の訴えを提起したことは本件記録上明らかであり、控訴人がその後右訴訟の係属中に右白地を補充したものであることは当事者間に争いがない。このように白地手形の所持人が振出人に対し時効期間の経過前に手形金請求の訴えを提起し、その後右白地部分を補充してこれを完成した場合には、たとえその補充の時がすでに満期の日から三年を経過した後であつたとしても、手形上の権利の時効については、右訴え提起の時に中断があつたものと解するのが相当である(最高裁大法廷昭和四一年一一月二日判決参照)。そうすると右手形上の権利は時効により消滅していなかつたものといわなければならないから、被控訴人らの右主張は採用することができない。

三、被控訴人らはまた、控訴人の右補充は満期後三年以上経過し白地補充権が時効によつて消滅した後にされたものであつて無効であるから、本件各手形は手形要件たる振出日の記載を欠く無効の手形であると主張する。しかしながら満期の記載ある白地手形については、所持人は手形上の権利の消滅時効が完成しない限り、いつでも手形要件を補充して振出人に対し、手形金の支払いを請求することができると解するのが相当であるから(大審院昭和五年三月四日判決参照)、右主張も採用することができない。

四、本件各手形は、受取人である訴外久次米が訴外前田に対し、白地裏書により譲渡し、前田が昭和三三年五月二六日右手形を支払いのため呈示したが、支払いを拒絶せられたものであること、久次米が昭和三四年三月二日右前田に対し京都市左京区吉田本町所在の本件土地建物の所有権を移転し、本件各手形の返還を受けたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。ところで被控訴人らは、久次米が被控訴人らに本件各手形を振出させ、これを訴外前田に割引いて貰つて、その割引金を被控訴会社に出資したものであると主張する。したがつて本件手形金決済の実質的責任は久次米が負担することになつていたもので、久次米が前田から本件各手形の返還を受けても、被控訴人らに対する本件手形上の権利を取得する筈はなく、仮に本件手形上の権利を取得したとしても、被控訴人らは久次米に対し原因関係欠缺の抗弁を有しており、久次米から期限後に本件手形を譲り受けた控訴人は、右人的抗弁の対抗を受けるというのである。そして原審および当審における被控訴人小松本人尋問(原審は第一、二回)の結果のうちには右主張に副う部分もあるが、右証拠は後記認定に照らし措信することができず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。かえつて原審における証人久次米定一郎の証言(第一、三回)により真正に成立したものと認める甲第五、第六、第八および第一九号証の各一、成立に争いのない同第七、第九ないし一一号証ならびに原審および当審における証人久次米定一郎の証言(原審は第一、三回、当審は第一、二回)によると、次のような事実を認めることができる。被控訴会社は被控訴人小松の発明した硝子鋼管の製造会社で、将来を有望視されながらも資金不足に困つていたこと、それで右硝子鋼管の販売会社である訴外日本硝子鋼管株式会社の役員を弟に持ち、自らも右両会社に関係していた訴外久次米定一郎が、同人の知人である訴外前田善三郎にその資金を出させるよう働きかけたこと、前田は右久次米を通じて被控訴会社に対し、昭和三二年四月二五日、同年四月三〇日、同年五月二四日の三回にわたり、各回金五〇万円を、いずれも弁済期を一ケ月又は二ケ月後、利息は日歩一〇銭と定めて融資し、その見返りとして右融資額を額面とする約束手形を受け取つたこと、その後右約束手形は数回書き替えられ、最後に振出されたのが前記(1)(2)の手形であり、(3)の約束手形はその間の利息分に相当する手形であること、そして被控訴人小松は被控訴会社の代表取締役であるが、会社の右債務の連帯債務者として共同振出人になつたものであり、久次米は右融資のあつせん者としての責任上被控訴人らの前田に対する借受金債務を保証し、その趣旨で右手形を前田に裏書したものであること、ところが本件手形は不渡りとなつたので、前田は控訴人を代理人として久次米に対し、前記保証人としての責任をとるよう請求したこと、そこで久次米は昭和三三年七月二日頃前田との間で金二〇一万円の債務承認履行契約を結び、右債務を担保するため自己の居宅である前記不動産について抵当権設定と代物弁済予約の締結をし、その支払いを猶予して貰つていたが、遂に同三四年三月二日右債務の支払いに代えて右土地建物の所有権を前田に移転し、戻裏書に代えてすでになされていた前田の白地式裏書を抹消の上前田から右手形の交付を受けたこと、以上のとおり認めることができる。

右認定の事実によると、訴外久次米は被控訴人らの訴外前田善三郎に対する前記借入金債務の保証人として右債務を弁済し、債権者たる前田に代位するとともに、被控訴人らが右債務の支払いのために振出し、久次米が裏書して前田に差し入れていた本件各手形を、前田から譲り受けたものと認定するのが至当といわなければならない。もつとも証人久次米定一郎の各証言のうちには、同人は本件手形の裏書人として負担している遡求義務の履行として前記不動産を代物弁済とし、本件手形を受戻したものであるとの供述がないわけではない。しかしながら久次米としては当時、自己の支払うべき債務について右のような明確な認識があつたわけでなく、要するに自分は被控訴人らの借金債務の保証人であり、手形の裏書もしているので、前田に対する関係では、右借受金債務額であり手形金額でもある金二〇一万円を、ともかくも支払わなければならないこと、右支払いにより保証人としての責任も、裏書人としての責任も免れることができるものであること、そして前田からは同人が被控訴人らに対して有していた一切の権利を譲り受けるものであること、以上のとおり考えていたものと認めるのが相当であるから、右のような供述があるからといつて、久次米が遡求義務を履行し本件手形を受戻したものとみなければならないものではない。(なおこの点について控訴人は手形法三二条第三項、同法七七条第三項により本件手形上の権利を取得したと主張するようであるが、控訴人が手形保証をしたものと認めることはできないから、右主張はその前提を欠くものというべきである)。

以上のとおりであつて被控訴人らの右主張は採用することができない。

五、被控訴人らはさらに、本件各手形は久次米から控訴人へ譲渡されたものであるが、右譲渡は、訴訟行為をさせることを主たる目的とする信託的譲渡であると主張する。そこで右譲渡のいきさつについて検討するに、成立に争いのない甲第九、一〇号証、原審および当審における証人久次米定一郎の証言(原審は第一ないし四回、当審は第一、二回)および原審における控訴人本人尋問の結果によると、次のような事実を認めることができる。

控訴人は久次米が被控訴人らの借金のため自分の居宅を失う結果となつたことに同情し、前田を説いて久次米が昭和三四年七月末までに右元利金をもつて右土地建物を買い戻し得るよう認めさせたこと、特に控訴人は前田の代理人としてその接衝に当つた関係上、このままに終ることは後味も悪いので、久次米が右買戻代金を調達することを容易にするため、自分がその一部を貸してもよいし、又本件手形金を被控訴人らから取り立てる方法もあるのではないかと助言したこと、一方久次米は、前記のように前田から右土地建物の買戻権を与えられたについては、控訴人の努力に負うところが少なくなかつたばかりでなく、買戻権を得たもののその代金をできるだけ減額して貰いたい希望もあり、場合によつては買戻しの期限を延長して貰う必要もあり、その交渉については控訴人に依頼する外ない状態であつたこと、さらに本件手形を控訴人に譲渡しておけば、将来買戻代金の一部を控訴人から借用するのも頼み易いし、控訴人としてはもし本件手形金が回収できれば、費用等を差し引き残額を返してくれることも予期できたこと、以上のように半ば謝礼と将来の尽力に対する期待、半ば取立委任という気持から、昭和三四年三月一〇日に前記第一裏書を利用して本件手形を控訴人に交付し譲渡したものであること、以上のとおり認めることができる。

右のように本件手形の譲渡は、半ば手形金取立てのためにする債権譲渡であつて、いわゆる信託行為であるから、それが訴訟行為を主たる目的とするかどうかについて考究しなければならない。成立に争いのない甲第一二、一三、二〇号証によると、控訴人が昭和三四年一〇月三〇日に被控訴人小松に対し、本件手形に基づいて西宮市に所在する被控訴人小松所有の不動産の仮差押を申請し、右申請が認容されたことを認めることができる。そして原審および当審における被控訴人小松本人尋問(原審は第一、二回)の結果のうちには、控訴人は昭和三四年夏頃被控訴人小松に対し、前田に頼まれたといつて本件手形金の請求をしたという部分がある。これによると当時まだ久次米から控訴人に対する譲渡は行なわれていなかつたということになり、したがつて右譲渡は前記仮差押申請の直前にされたものであるということになるのである。しかしながら右譲渡が昭和三四年三月一〇日にされたものであることは前認定のとおりであつて、被控訴人小松の前記各供述は右認定に照らし信用することができない。もつとも昭和三四年三月一〇日に譲渡があつたとしても、控訴人はその後半年余りして前記仮差押申請に及んでいることになるが、右仮差押は本件譲渡当時から考えられていたものではない。すなわち成立に争いのない甲第二一、二二号証と当審証人久次米定一郎(第一回)の証言によると、右不動産はもともと被控訴人小松の所有であつたが、同人はこれを妻子に贈与したことにし、昭和三二年五月一七日その所有権移転登記手続を経由していたこと、その他には被控訴人小松名義の不動産も格別なかつたので、前記譲渡当時には仮差押等のことは考えられていなかつたこと、ところが被控訴人小松は前記贈与に贈与税が課せられていることを知り、錯誤を原因として昭和三四年八月八日に右移転登記を抹消し、控訴人はたまたまこのことを知つたので前記仮差押に及んだこと、以上のとおり認めることができる。そうすると、控訴人が本件手形譲受後七ケ月余りで仮差押申請をしたからといつて、右譲渡が当初から訴訟行為を予定していたということはできない。

また原審における控訴人本人尋問の結果によると、同人は金融業をも営んでいることを認めることができるが、その他に、他人のため債権の取立てをしたり、債権取立てのため訴訟行為をすることを業とするものであるとまで認めるに足る証拠はない。そうすると控訴人はたまたま前田から、久次米に対する前記保証債務の支払請求を依頼されてこれを処理し、その行きがかり上、久次米から本件手形を譲り受けたものであると認める外はないので、この点からも右譲渡をもつて訴訟行為を主たる目的としていたものとみることはできない。

右のとおりであるから信託法一一条違反の抗弁も採用することができない。

六、被控訴人らはさらに、久次米が前田から本件手形の返還を受け、控訴人が久次米から右手形を譲り受けたことは、いずれも通謀虚偽表示であるというが、これを認めるに足る証拠はない。被控訴人らはその証拠として乙第一、二号証を挙げるのであるが、右書証をみても被控訴人らの主張するように解すべきなんらの根拠も見出すことはできない。

七、以上の次第であつて、被控訴人らの抗弁はいずれも採用することができないから、同人らに対し、本件手形金合計二〇一万円と被控訴人が遅滞に陥つた昭和三八年四月一八日から完済まで、商事法定利率による損害金の支払いを求める控訴人の請求は正当である。よつてこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条、九五条、仮執行宣言について同法一九六条を適用し主文のとおり判決する。

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